本陣・手毬唄・首・夜歩くの地

本陣殺人事件 』の舞台「岡――村」とは、横溝正史が疎開していた吉備郡岡田村(現・倉敷市真備町岡田)をモデルにしている事は有名である。そして名前だけ登場する「久――村」もまた実際に岡田から山ひとつ越えた場所に存在している。総社市久代である。横溝正史の義母や岡山への疎開を勧めた義姉の実家がこの久代にある。
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久代神社

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「へえ、総社に国士(くにしん)さんちゅうお宮がございまして、毎年お正月にはみんなそこにいて、こげなマユ玉さずかってまいりますんで」 『悪魔の手毬唄

『悪魔の手毬唄』の舞台・鬼首村も、村内の地形や桜・総社などの地名で岡田村をモデルにしている。
倉敷市真備町から県道54号線で総社市新本地区に入り西に数百メートルに位置する本庄の国司(くにし)神社、さらに1キロほど西の新庄の国司神社。この両社が俗に”くにしんさま・くにしんさん”と呼ばれている。まさしく総社のくにしんさんである。
また『』にも場所は違えど国士さんという神社が登場し、村人が事件に対して「クニシンさまのたたりじゃ」と恐れおののくのである。
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本庄国司神社
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新庄国司神社



江戸時代の末期に古神家の御領内に百姓一揆みたいなことが起こったことがある。その際、四人農民代表が江戸へ走って将軍家に直訴を企てた。直訴は当時の法度だから、四人の者はすぐに古神家に下げ渡されて打首かなんかになったが、私の郷里ではいまでも四人衆様という神社があって、毎年その御命日には盛大なお祭りをするそうだ。 『夜歩く

時代は江戸時代の半ば、直訴先は当地の岡田藩主であるが、この新本地区で起きた「新本義民騒動」をモデルにしている事は間違いない。
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新本義民騒動の義民碑。
義民会館・総社市役所西出張所から東に数十メートルの場所にある。


岡田村から山ひとつ越えた向こうにも金田一耕助ワールドが広がっているのである。

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